◆S46. 2.17 福岡高裁 昭和43(行コ)2 換地処分取消請求控訴事件(3)◇
、右規定はあくまでも厳格に解釈すべきである。
第二、一審被告の主張。
一、一審原告に対する本件換地指定処分は、左に述べるとおり決して不公正なものではない。
(一)、土地区画整理事業における換地計画の策定の基礎である土地の評価は、従前の土地については区画整理開始前の時点でなされるべく、これに対し換地の評価は区画整理完成の時点において予想されるところによつてなされるべきである。本件区画整理事業は、昭和三七年九月の福江市の大火後の復興計画事業として開始されたものであるから、本件換地計画の基礎資料たる従前の土地の評価は、右火災の時点におけるものによつて行ない、換地の評価は区画整理完成後である現在におけるものを想定して行なつたのである。
(二)、昭和三七年九月の大火前における福江市の商業地形成状況は、別紙見取図(一)に図示するように、市の北東方の船着場に上陸した乗客の大部分が、海岸添いの街路を通つて酒屋通りに出、右通りを南下し、その通りが新栄町通りに突き当つた丁字形交差点を右折し、次の交差点で左折して本町通りを南下するという流れをなしていて、酒屋町通り及び右通りと交差する地点から右折した新栄町通り西半部分の街路が幅員七・五メートルの県道で完全舗装されており、町内一流の商店はいずれもこの街路に面して建ち並んでいて、この区域が繁栄の中心をなしていた。これに対して、右丁字型交差点から左折した新栄町通り東半は、道路幅も五ないし五・五メートルと狭く、交差点から約四〇メートル離れた付近からは約一、〇〇〇分の六五の勾配をなし、舗装も不完全なうえに、北側は旧日赤病院の石垣となつていたところから、当時においては、右東半の部分は商店街としてはせいぜい二等地或いは三等地というところであつた。即ち、前記見取図中赤色部分の街路が第一の商業繁栄地、赤斜線分の街路がこれに次ぎ、青色部分の街路は商業地としては閑散な三等地であつた(乙第一三号証参照)。
これを本件関係の従前の土地についてみれば、酒屋町通りが新栄町通りに突き当たる正面にあつた訴外Aの所有地が最高で、その向つて右隣りのBの土地と酒屋町通りの中心にあつたCの所有地がこれに次ぎ、新栄町通りの東半分に面していたE及び一審原告